日本の古い染織品の時代による呼び方と特徴について

 着物は仕立替えができるため、インターネットやリサイクル着物店などで古着を買って着物を楽しむ方が多くいます。古着の楽しみは、お手頃な価格以外に今にないデザインの着物が多くある点です。着物は長い歴史があり、古着を分ける際に時代によって呼び方が変わります。古着は着物のスタートの1つの入口です。着物の基礎知識として古着の時代による分け方をご紹介します。

1.古代裂(こだいぎれ)古裂(こぎれ) 

  古くは飛鳥奈良時代の法隆寺裂(ほうりゅじぎれ)や正倉院裂(しょうそういんぎれ)といったものから戦国時代から江戸時代にかけての小袖(こそで)、幕末明治期の着物まで 今から100年以上の年月が経っている文化的資料的価値がある染織品を総称して言います。

時代裂 辻が花 慶長時代 写真提供:今昔西村

  小袖は、時代により慶長小袖(けいちょうこそで)、寛文小袖(かんぶんこそで)等の名称で呼ばれることもあります。

 着物に使われている絹は動物性のたんぱく質で経年劣化が進むため、時代が古くなるほど保存状態が良いものは希少です。

 また、小袖は、着ている人が亡くなった後、供養のためお寺の打敷(うちしき)や幡(ばん)などに形を変えて残っているものもあります。

 はぎれの状態で遺っているものは額装にしたりして、着物で遺っているものも古着として着るよりも文化的資料的な価値があるものとして観賞用として使われることが多いです。

2.アンティークきもの 

  大正(1912年~1926年)から昭和初期の第二次世界大戦終戦(1926年~1945年)までにつくられた着物をアンティーク着物と呼んでいます。明治維新以降、急速な近代化を進めた日本は日清・日露戦争に勝ち、その後の第一次世界大戦が軍需景気をもたらします。また大正デモクラシーによる女性の社会進出が広がり、そんな世相に呼応するかのように着物の色柄が劇的に変わっていきました。おしゃれ着として銘仙(めいせん)やお召(おめし)などの斬新なデザインの着物が大流行したのもこのころです。江戸時代からの高度な手技が守られながらも、化学染料や力織機などの様々な新しい技術を導入し、西洋の文化の影響も受けながら斬新なデザインで、普段着からフォーマル着物までバリエーション豊かな着物が作られた時代です。

  大正ロマンのきもの

  (特徴)暈し染めを用いたやさしい、淡いトーンの色柄のものを大正ロマンの着物と呼んでいます。

写真提供:今昔西村

  昭和モダンのきもの

  (特徴)当時のモダンアート的な雰囲気の色柄のものを昭和モダンの着物と呼んでいます。中には激しいデザインや色使いで超個性的なものも有り、着物が非常にエネルギーにあふれていた時代の着物です。

写真提供:今昔西村

  アールヌーヴォー、アールデコとは

何れも19世紀末から20世紀にヨーロッパで花開いた新しい装飾美術の呼び名です。そのような西洋の最新トレンドも積極的に着物のデザインに取り入れられました。

 アールヌーヴォーのデザインの特徴        

19世紀から20世紀はじめにかけてヨーロッパを中心に流行しました。花や植物など有機的なモチーフが多く自由な曲線の組み合わせが特徴です。

写真提供:今昔西村

アールデコのデザインの特徴

アールヌーヴォーの後にヨーロッパやアメリカで流行しました。直線的で幾何学的なデザインが多いのが特徴です。

写真提供:今昔西村

3.リサイクルきもの

  第二次世界大戦後(1945年)から現代までの着物をリサイクル着物と呼びます。その中で特に昭和30年代から40年代の高度経済成長期に作られた着物をヴィンテージ着物と言います。第二次世界大戦で着物の生産は大幅に減少し、当時はまだ女性の多くが着物を普段の外出着としていたので終戦とともに不足していた衣料の需要を満たすためにナイロンやレーヨン等の化繊やウールなどの新素材の着物を中心に生産が急激に増加しました。1970年代以降はアパレルメーカーが洋服の既製服化をすすめ、洋服が安く大量に供給されるようになり普段着の洋装化が急激に進みました。着物は、それ以降、高級な晴着や作家物等を中心に生産されるようになりました。2000年頃に古着をメンテナンス後に販売するリサイクル着物ショップが展開されたことでリサイクルきものの名前が定着していきました。現在、着物は文化ファッションとして個性を表現する衣料として様々なデザイン、素材で作られるようになってきています。

  ヴィンテージきもの

  昭和30年代から40年代の高度経済成長期(1955年~1973年)に作られたきものをヴィンテージ着物と言います。

(注記)

  これらの分類は世間一般に定義付けされ広く知られている訳ではなく、古い染織品を扱う者の中ではこのような認識で捉えられている。

アンティークきものは現在古代裂予備軍のような位置付けで有り、そのうち古代裂の中に含まれるようになると思われる。

<取材・写真協力> 今昔西村